20210714

火葬場のにおいは月見バーガーに似てるというのを聞いたことがある。

わたしは火葬場に行ったことがないので真偽は不明だけど、今年は月見バーガーが食べられないかもしれない。

 

今日は長い一日だった。

朝起きたら、通勤中の母からLINEが入っていた。

「老人ホームに電話してくれへん?電車の中やから出られへんかった」

言われるがまま、老人ホームに電話すると、「午前1時24分に呼吸停止され、7時22分に出勤した医師が心肺停止を確認しました。手続きのため、こちらに来てほしいのですが、いつ来られますか?」

という事務的に伝えられた。わたしは祖母の死を予想していたので妙に冷静で、「わかりました。多分通勤中の母がそのままそちらに向かいます」と淡々と返し、母にもそのようにLINEを入れておいた。

老人ホームは不便なところにあるのできっと車が必要だろうと思い、わたしも老人ホームに向かうことにした。

身支度をしているとき、祖母との記憶をたどってみたが、全然思い出せなかった。5年前まで一緒に住んでたのに淡白なもんだなと思ったが、祖母が老人ホームに入ってくれた 5年間のおかげで認知症が本領発揮し始めてからの嫌な記憶が薄れてくれたんだと思い直した。

老人ホームに入ってからの祖母は、日に日に赤ちゃん返りしながらも、たまに素に戻り、認知症が進行して自分でもわけが分からなくなっていくことを怖がっていた。また、祖母の入っている特別養護老人ホームは、祖母よりもひどい状態の入居者が多く、どんどん人が死に、入れ替わりが激しいため、最初は友達を作っていた祖母もだんだん周囲に関心を示さなくなっていった。そんな姿が痛々しく、見ているとつらいので、わたしはなるべく面会したくないとさえ思っていた。そのうちにコロナ禍で面会謝絶になった。

そんなことを考えていると、ふと、保育園の頃、祖母に初めて買ってもらった黄色い花柄の靴の情景が思い浮かんだ。祖母に靴を買ってもらえたのが嬉しくて早速履いて帰ったが、サイズが合わなくて途中で靴擦れしたんだった。でも祖母がせっかく買ってくれたから言い出せなかったときの記憶だった。

それを思い出したときに、(ああ、おばあちゃんが死んじゃったんだなあ)という気持ちになった。

考えてみれば、今のわたしが好きなものはおばあちゃんも好きなものだった。ラムネも黄金糖もソフトクリームも庭いじりもおばあちゃんが好きなものだし、嫌いなものは大体おばあちゃんのせいだ。ブロッコリーが嫌いなのも、おばあちゃんが誤ってデカい青虫と一緒に茹でたのを食べさせようとしたからだし、柿が嫌いなのも熟した柿を放置して地面に落としまくってたせいだ。ジェットコースターが怖いのも、おばあちゃんが坂道でわたしが乗った手押し車から手を離して、2mくらいある側溝に落としたせいだ。

博士課程まで行ったのだって、この時には既にボケ始めていたおばあちゃんに「女は勉強せんでいい!頭ばっかり高くなる!」って言われた反発心もあるかもしれない。

わたしはおばあちゃんにも育ててもらってたんだなということを実感すると途端に感情が湧いてきた。

 

車の運転が心配になったので少し落ち着いてから老人ホームに向かった。

老人ホームについて祖母のベッドに案内された。祖母は寝てるみたいで、ほんとに死んでるのかな?と思うほどだった。先に着いた母と祖母の経過を聞いた。7日にコロナのワクチンを打って、次の日から普段はたくさん食べる祖母が食欲を示さなくなり、熱が上がり始めたらしい。38.5度の高熱が続き、何を食べても嘔吐し、そのうちに誤嚥性肺炎。呼吸器をつけても外してしまうのでどうしようもない。母が面会した昨日はめずらしく意識があり、母がつけているフェイスシールドを嬉しそうに撫でて、「もう、大原野(地元)に、帰るわな」と何度も言っていたらしい。母が帰ったあと、仲の良かった職員さんと少し話して、10分後に息を引き取った。

 

葬儀屋が来るまでは職場に忌引の連絡をしたり、祖母のクローゼットを片付けたりした。

祖母が押していた手押し車にわたしが昔 長崎で買ってきたキーホルダーが付いていた。何度も面会してきたが、全然気づかなかった。

老人ホームにいたのはわたしのおばあちゃんだったんだな、という気持ちになった。

 

葬儀屋に先導されて上京区に向かうとき、もう西京区にもほとんど来なくなるんだろうなと思った。滋賀に引越してからは祖母の面会くらいでしか来なくなってたから。

生まれ育った場所との繋がりが薄れたようで、さらに人生が途切れたような気がした。(博士課程を満期退学して就職してから人生が途切れているような気がしてならない)

葬儀屋からは事務的な手続きばかりで、悲しんでる時間もなく、淡々と過ぎていった。

生まれ育った場所から引き剥がされた祖母にはもう慣れ親しんだ友達もおらず、兄弟も縁が切れているので火葬式だけで済ますことになった。

 

葬儀屋と明日火葬場で待ち合わせして、お金を払って骨を拾うだけ。

初めての火葬場。一緒に住んだ人が焼かれるのは初めて。

本当に月見バーガーの臭いなのかが気がかりだ。